大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)7162号 判決 1988年10月26日
原告
X
被告
Y株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
藤原光一
同
正木隆造
右藤原光一訴訟復代理人弁護士
守口建治
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金七二万五六三八円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告はa株式会社等の製造する商品を小売店に対し卸売販売することを業とする株式会社である。原告は、昭和四七年三月被告に雇用され、a社特約店への家電製品の売り込み等のセールス業務に従事してきた。
2 原告は、昭和五九年八月から同六一年七月までの間に、別表(1)<省略>記載のとおり法内超勤、時間外・休日労働及び深夜労働(以下「所定時間外労働」ということがある。また時間外・休日労働及び深夜労働を単に「時間外労働等」ということがある。)に従事した。
3 一時間当たりの基礎賃金額は、別紙時間外賃金表<省略>記載のとおりであるから、右所定時間外労働に対し支払われるべき賃金は別紙計算書<省略>記載のとおり三六万二八一九円ということになる。
4 被告は右所定時間外労働に対する賃金を支払わないので、原告は右賃金額と同一額の附加金の支払を請求する。
5 よって、原告は被告に対し、所定時間外労働に対する賃金三六万二八一九円及び労働基準法一一四条に基づくこれと同一額の附加金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告が別表(2)<省略>記載の範囲において所定時間外労働をしたことは認めるが、その余の所定時間外労働をしたこと及び指示者の指示を受けたことは否認する。
3 同3の別紙時間外賃金表のうち、各年度がその年の三月一一日から翌年の三月一〇日までを意味することは否認し、その余は認める。各年度とはその年の三月二一日から翌年の三月二〇日までを意味するものである。所定時間外労働に対し支払うべき賃金は別紙計算書記載のとおりであることは争う。
4 同4の事実のうち、被告が所定時間外労働に対する賃金を支払わないことは否認する。
三 抗弁
1(一) 被告は原告に対し、以下のとおり基本給の一七パーセントのセールス手当を支給した。
昭和五九年九月分より同六〇年三月分まで 月額三万三一八四円
昭和六〇年四月分より同六一年三月分まで 月額三万四六九七円
昭和六一年四月分より同年七月分まで 月額三万六〇五二円
(二) セールス手当は、被告の給与規則上、所定時間外労働の対価として支払われるものであることは明らかであり、いわば定額制の時間外手当としての性質を有する。原告の請求する賃金額と前項の被告が現実に支払ったセールス手当とを比較すると、いずれもセールス手当のほうが多額である。
2(一) 被告は、セールスマンに対し、平日の所定時間外労働に対してはセールス手当でまかなうこととし、休日労働についてのみ時間外手当という名称の手当(二割五分増)を支給している。
(二) 被告は原告に対し、別表(3)<省略>記載の分については時間外手当(二割五分増)を支払った。
3 原告は、セールスマンとして、午前九時の始業時より約三〇分ないし一時間、社内においてミーティング等で当日の仕事の打ち合わせをした後、社外に出て担当特約店を回ってセールス活動を行い、原則として午後四時半ころ帰社して売上の整理等の事務を行って退社していたが、特約店との商談や展示会の手伝い等により帰社できないときは直帰することもあった。このように、原告はその勤務時間の大部分を社外で労働しており、被告側で時間管理が可能でなく、労働基準法施行規則二二条の「労働時間を算定し難い場合」に当たるので、原告は実労働時間を主張してその分の賃金請求をすることはできない。
四 抗弁に対する認否及び主張
1 抗弁1(一)の事実は認めるが、同(二)の主張は争う。
セールス手当は、外出先から帰社する途中に交通渋滞にあったため帰社が就業時間を過ぎた場合の補償(本訴ではこの場合は請求していない。)、外食の費用、定期的に会社に連絡を取る費用、駐車違反のときの反則金、ボールペン等の文具費、衣服や靴代など、外勤に伴う様々な支出に対する補償であり、時間外労働に対する対価ではない。
2 同3の事実のうち、原告の一日の勤務状況については認めるが、被告側でその時間管理が可能でなく、労働基準法施行規則二二条の「労働時間を算定し難い場合」に当たるとの主張は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 被告はa株式会社等の製造する商品を小売店に対し卸売販売することを業とする株式会社であること、原告は昭和四七年三月被告に雇用され、a社特約店への家電製品の売り込み等のセールス業務に従事してきたことは当事者間に争いがない。
二 被告は、所定時間外労働に対する賃金をセールス手当として原告に支払った旨主張するので検討する。
1 被告は原告に対し、基本給の一七パーセント、すなわち昭和五九年九月分より同六〇年三月分まで月額三万三一八四円、昭和六〇年四月分より同六一年三月分まで月額三万四六九七円、昭和六一年四月分より同年七月分まで月額三万六〇五二円のセールス手当を支給したことは当事者間に争いがない。
2 証拠<省略>によれば、被告の就業規則及び給与規則においては、別紙就業規則及び給与規則(抄)のとおり規定されていること、前述のようにセールス手当は基本給月額の一七パーセントであるが、被告は、セールスマンの時間外勤務時間が平均して一日約一時間で一か月間では合計二三時間であるという調査結果を基に右セールス手当の割合を定めたこと、右セールス手当の額では休日労働に対する割増賃金を充足するものではないので、セールス手当受給者に対しても休日勤務手当を別途支給していることが認められ、右認定事実、特に給与規則附則2の趣旨及び内容並びに証人Bの証言によれば、セールス手当は休日労働を除く所定時間外労働に対する対価として支払われるものであり、いわば定額の時間外手当としての性質を有することが認められる。原告は、セールス手当は、外食費、駐車違反の反則金等外勤に伴う様々な支出に対する補償であり、原告が以前勤めていた会社ではそのような取扱であった旨証言するが、他の会社の取扱から被告のセールス手当の性質を決定するのは妥当とはいえないし、右は原告の考え方でありその裏付けとなる根拠を有するものとは認められないので、右供述は前認定を左右するものではない。
3 労働基準法三七条は時間外労働等に対し一定額以上の割増賃金の支払を使用者に命じているところ、同条所定の額以上の割増賃金の支払がなされるかぎりその趣旨は満たされ同条所定の計算方法を用いることまでは要しないので、その支払額が法所定の計算方法による割増賃金額を上回る以上、割増賃金として一定額を支払うことも許されるが、現実の労働時間によって計算した割増賃金額が右一定額を上回っている場合には、労働者は使用者に対しその差額の支払を請求することができる。
4 被告の給与規則では、基本給及びセールス手当は前月二一日から当月二〇日までの分が給与の一部として二五日に支払われ、超過勤務手当及び休日勤務手当についても月単位で集計され同様に二五日に支払われる旨定められていることは前認定のとおりであるところ、右事実からして、前月二一日から当月二〇日までの一か月間における実際の所定時間外労働に対応する賃金とセールス手当の額を比較し、前者が後者を上回っているときはその差額を請求できると解するのが相当である。
5 別紙時間外賃金表のうち、各年度の意味以外の事実については当事者間に争いがない。
原告が別表(1)記載のとおり所定時間外労働をしたと仮定し右時間外賃金表記載の一時間当たりの基礎賃金額によって計算した場合、一か月分(前月二一日から当月二〇日まで)の所定時間外労働に対する賃金額がセールス手当の額を上回るのは、昭和五九年一〇月及び昭和六〇年七月分の二か月分のみであるので、右二か月については原告主張の所定時間外労働について個別的に検討することとし、その余の月は原告の主張する所定時間外労働よりもセールス手当として多額の金員が支払われているので、原告が現実に時間外労働をしたか否か検討するまでもなく原告の請求は失当である。
6(一) 昭和五九年一〇月分(同年九月二一日から同一〇月二〇日まで)について
原告本人尋問の結果及び同本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の一(原告の日記)によれば、昭和五九年一〇月五日、八日及び一一日ないし一四日において、原告主張のとおり、上司の指示により所定時間外労働をしたことが認められる。しかし、同年一〇月四日については右甲第一二号証の一には原告主張に副う記載があるものの、成立に争いのない乙第四号証(原告の勤務表)には公休と記載されていることからして、また、同月九日については原告は自己の主張どおり供述するが、右甲第一二号証の一では「その日は遅くなりそうだ」と記載されているのみであり、他に原告が所定時間外労働をしたことを裏付ける証拠もないことからして、右各証拠からではいずれも原告主張のとおり所定時間外労働をしたと認定するのは困難であり、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
(二) 昭和六〇年七月分(同年六月二一日から同七月二〇日まで)について
原告本人尋問の結果及び同本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の二(原告の日記)によれば、昭和六〇年六月二一日、七月一一日ないし一三日において原告主張のとおり、上司の指示により所定時間外労働をしたことが認められる。しかし、同年六月二二日については原告の供述のみで他にそれを裏付ける証拠はないことからして、原告主張のとおり所定時間外労働をしたと認定するのは困難である。同月二五日については、右甲第一二号証の二、成立に争いのない乙第五号証の七及び原告本人尋問の結果によれば、一七時三〇分から二〇時まで所定時間外労働をしたこと(一八時一五分から二〇時まで時間外労働をしたことは当事者間に争いがない。)は認められるが、右甲第一二号証の二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は自己の発言内容を所長から注意され同人と口論となったため退社時間が遅くなったことが認められるので、その後の時間については原告が時間外労働をしたことにはならない。同年七月一四日については、右甲第一二号証の二及び原告本人尋問の結果によれば、その日合展の搬出が行われたこと、原告は合展の搬出のときには二二時ころまで働くことがあると認められるが、他方右各証拠によれば一九時三〇分ころに合展の搬出が終ったことがあることも認められるので、一九時三〇分まで時間外労働をしたことは認められるものの、その後も労働したことを認めるには十分ではなく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) 昭和五九年一〇月及び昭和六〇年七月分における原告の行った所定時間外労働は右認定のとおりであるところ、一時間当たりの基礎賃金額は別紙時間外賃金表記載のとおりであるから、右各一か月間の所定時間外労働に対応する賃金額がセールス手当の額を下回ることは計算上明らかである。
7 以上検討のとおり、原告の請求する所定時間外労働に対する賃金はセールス手当としていずれも原告に支払ずみであるから、原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。
三 よって、原告の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 土屋哲夫)
就業規則及び給与規則(抄)
就業規則(抄)
第二六条 (給与の体系とその計算)
給与の体系並びにその計算給与に関する明細は、別に定める給与規則によることとします。
第二八条 (給与の支払)
給与は月一回所定期日にこれを支払う。但し、当日が休日または、休業のときはその前日とします。
給与規則(抄)
第二条 (給与体系)
給与は下記の通りに分類されます。
1 基本給
2 家族手当
3 超過勤務手当
4 休日勤務手当
5 日直手当
6 宿直手当
7 役職手当
8 住宅手当
第三条 (給与の計算期間)
給与の計算期間は次のとおりとします。
1 基本給、家族手当、役職手当及び住宅手当については、前月二一日より当月二〇日までとします。
以下省略
2 超過勤務手当、休日勤務手当、日直手当、宿直手当については前月一一日より当月一〇日までとします。
3 なお、附則1(残業手当)、2(セールス手当)については上記1によるものとします。
第五条 (支給日時)
1 給与の支給日時は毎月二五日の所定終業時刻一時間以内とします。
以下省略
第一三条 (超過勤務手当)
1 社員が指示され、また、申し出て、承認されて所定の労働時間を超えて働いた場合(以下超過勤務といいます)には、その時間数に応じて超過勤務手当を支給します。
2 超過勤務手当を下記の三種とします。
(1) 第一超過勤務手当
午前五時以降所定就業時刻まで(早出)、午後六時以降午後一〇時まで(残業)の時間外勤務時間に対しては、
その時間に
(基本給+住宅手当+役職手当)×12カ月/7時間45分×264日×1.25
を乗じた金額を第一超過勤務手当として支給します。
(2) 第二超過勤務手当
前号における時間を超える午後一〇時より午前五時までの時間外勤務に対しては、その時間に
(基本給+住宅手当+役職手当)×12カ月/7時間45分×264日×1.50
を乗じた金額を第二超過勤務手当として支給します。
以下省略
第一四条 (休日勤務手当)
1 会社が社員を休日に勤務させた場合、その就労時間に第一超過勤務手当一時間分を乗じた金額を休日勤務手当として支給します。
2 前項の就労時間が午後一〇時より午前五時までの間に亘る場合は、その部分については前項の規定にかかわらず第二超過勤務手当の賃率で計算します。
附則一 (残務手当)
所定労働日の午後五時三〇分より午後六時迄の勤務に対しては、残務手当として基本給の七%を支給します。
附則二 (セールス手当)
営業等社外での勤務を主体とする者にはセールス手当を支給します。但し、セールス手当支給該当者は第一三条(超過勤務手当)及び附則一(残務手当)は支給されません。
なお、セールス手当支給該当者でも休日に勤務した場合については第一四条休日勤務手当を支給します。